フィラエ

 

 

bankes.bmp (309574 バイト)  

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フィラエ・オベリスク (イギリス、キングストーン・レイシー)

高さ:6.7メートル

重さ:6トン

材質:赤色花崗岩

創建者:B.C.150年頃 プトレマイオス王朝プトレマイオスVII世

創建場所:フィラエ島(アスワン) イシス神殿

再建場所:キングストーン・レイシー(ドルセット州ウインボーン・ミンスター近郊)

 

古代エジプト聖刻文学・ヒエログリフ解読の大きな二つの鍵は、このオベリスクとロゼッタストーンである。

大英帝国の貴族ウィリアム・ジョン・バンクス(W.J.Bankes)は、1815年、フィラエ島のイシス神殿第1塔門東側の倒れたオベリスクを発見した。1821年、邸宅のあるイギリス南西部ドルセット州ウインボーン・ミンスター近郊のキングストーン・レイシー(Kingston Lacy)へ搬送して、1839年、その庭園に台座とともに再建した。

発見当時、台座のギリシア文字の碑文の中に、プトレマイオスとクレオパトラの名前が刻まれていて、その上のオベリスク柱身には、ヒエログリフで両者のカルトゥーシュ(王名枠)が刻名されていた。又、ロゼッタ・ストーンの碑文中にも、プトレマイオスのヒエログリフが幾度も表示されていることとの対比から、シャンポリオン(フランス)は、両名の各文字を特定できたことが突破口となって、遂に1822年、古代エジプト文字・ヒエログリフの解読という快挙を実現したのである。

小生が1995年8月30日に現地を訪れたときには、片方のオベリスクの柱身の一部が、フィラエ・オベリスク再建場所のすぐ近く、南側の芝生の上に横倒しになっていた。台座のギリシア文字の碑文はどうしても、みつからなかった。風雨に晒されて、磨耗してしまったのだろうか。代わりに、再建時の記事が銅版で、台座に貼り付けてあった。この写真は、拙著「オベリスク写真集-Obelisk-」には掲載されていない作品のうちの1つである。

 

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